パリのジュ・ド・ポーム国立美術館(Jeu de Paume)にて 5月12日まで行われている、アドリアン・パッシ(Adrian Paci)の個展へ行ってきました。
パッシはアルバニア出身で、ソ連崩壊後の混沌とした90年代にイタリアへ移民したアーティストです。展示のタイトルはトランジット(Transit)。彼の作品は、ロマンティックでノスタルジックなタッチの映像作品がほとんどで、その多くは「移住」をテーマにしています。
移民局に自身がアーティストだと訴え、なんとか入国しようとする映像や、そこに飛行機が存在しないにもかかわらず、飛行機のタラップに並んで“飛ぼう”とする人達を映した作品が展示されていました。
「移住」と対になって、「ホーム」とは一体何を指すのかを考えさせられる展示でした。生まれた場所、或いは家族のいる場所が「ホーム」とは限りません。それらが、むしろ足かせとして機能している場合もあります。
移動が容易になった現代、「ホーム」という概念は多くの人にとって「心の在処」という広い意味でとらえられています。既存のものではなく、積極的に探し出すもの、作っていくものなのでしょう。そして、それは時空を超えて存在しても良いものなのかもしれません。質の高い映像作品達によって、そんなロマンティックな気分にさせられた展示でした。
東欧諸国や近隣からの移民問題が深刻化しているヨーロッパ。特にイギリスは、マーク・ハーパー(Mark Harper)移民大臣が、「世界で最も厳しい移民政策をとる」との声明を出したばかりです。そんな世情ですが、ヨーロッパの魅力は域内でのある程度の人の移動の自由と、そこにいる人達の多様性です。
コスモポリタンな環境が、良質な人材を域内に呼び込む機動力にもなっています。経済的な問題や治安の悪化、といった問題ももちろんありますが、文化的な多様性こそ、地域のブランディングとして強いものなのに……と移民の制限について厳しい判断が下される度に思います。
先日、イランからパリへ移住した友人が自身の境遇とディアスポラについて熱く語っていました。彼女の激動の移動の経験は、辛い側面ももちろんありますが、その特異性はとても魅力的に見えます。移動を強いられながら、「心の在処」や「ホーム」について真剣に考える、そして周囲にも考えさせる人達に私は引きつけられます。
アメリカとは違って、画一的な国民性を求めない欧州へ行く度に、私は時空を超えた「ホーム」を意識して、少し自由な気持ちになって、帰国するのです。