――「絶命展」では、同世代のクリエーターと会う機会も多かったと思いますが、いかがでしたか。
デザインすることも、服も好きですが、自分は他のクリエーターと考えるモトが違うと改めて感じました。みんな“服”としての“ファッション”が本当に好きなんだなと思いました。でも、自分が表現しようとしているのは“ファッション=服”としての発信ではない。自分自身が考えていることを作品に落とし込んでいるからです。
「絶命展」が終わった後も、シュエ・ジェンファン(「ジェニーファックス」デザイナー)から年に2回、自分のコレクションをしなきゃだめだよ、と言われたり。言ってもらってありがたかったけど、やったら上手くいくかな……とか考えていたら、気分が落ち込んじゃって。考えている内に嫌になっている自分に気がついて、悩んでいるんじゃなくて、嫌なことをわざわざすることもないかという思いになりました。
表現の手法を選んだ方がいいと周囲の人から言われるけれど、自分の気持ちが幸せな方向に進まないとカスみたいなものしか生まれてこないから、そういうのは辞めようと思ったんです。一つを選択しないといけないとか、やってきたことを一つ捨てるとか、そういうことにとらわれないでやろうと。だからどんな表現の形でも、誰かが見る時、この人がやっているんだという位置までいけたらと思う。
――嫌になることもあるのに、何かを作るということを職にしようと思うのは、何故でしょう?
高校生の時の自分は、結婚して、子供を産んでという未来を想像していました。ファッションの学校に進んでから、就職というタイミングになった時に私には行きたい会社が一つもなかった。そこで就職を選ばなかったというのが理由の一つ。
最終的に自分の作品が大事なのか、自分自身が大事なのかと考えると、自分自身の方が大事なんです。人に興味を持ってもらおうと思ったら、私自身が人に興味を持ってもらえるような強みが絵や作ることだったので、それを辞めるという選択はなかったんです。
――柳さんは、作品として出てくる形状が絵画、アクセサリー、洋服と多岐に渡っていますね。最初から頭の中に作品の完成形が浮かんでいるのですか。
いいえ、物の完成形は浮かんでいません。色、そこにいる人、音楽などの雰囲気はあります。
絵自体ははっきりと浮かんでいるけれど、服やアクセサリーについてはぼんやりしています。まず、表現する女性像や男性像があって、その人達がどんな服を着ているのかというところから考え始めます。
――今後、柳さんが具体的にやっていきたいことはありますか。
石やガラスを使いたいので、ちゃんとアクセサリーをやろうと思ってます。今やっているテイストのものを、壊れにくい銀でつくるとか、固めていきたい。アクセサリーの持つ象徴性も好きだし、あまり流行に関係なく身に着けられ、見ているだけでちょっと幸せになれるものだから。でも、絵は、辞めないですね。
――最後に柳さんが思う“ファッション”って何でしょうか。
私は洋服については、その人が着ている服とか、身につけているアクセサリーがベストだと思っています。個人的に、それが一番の“ファッション”だと思っているので。
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▼柳亜里 プロフィール
1986年生まれ。「ここのがっこう」でファッションを学ぶ。
独学でドローイングを始め、昨年行われた、山縣良和・坂部三樹郎プロデュース「絶命展」では、絵の展示に加えインスタレーションのファッションショーを行った。2014年1月より、伊勢丹と装苑が運営するファッションに特化型クラウドファンディングサイト「TOKYO DESIGN COMMIT」内で自身のクリエーションを散りばめたショートムービー『Love Letter』の制作支援を募るプロジェクトに参加している。