「アシックス(asics)」の創業者である鬼塚喜八郎は、1918年5月29日生まれ。鳥取県出身。2007年9月29日逝去。
49年にスポーツシューズ製造会社「鬼塚商会」を設立。その後、神戸高等学校バスケットボール部からの依頼を受けて、靴底に吸盤型のくぼみが付いたシューズを開発。“オニツカタイガー”のブランドで発売する。当時無名だった同社だったが、神戸高校バスケットボール部の優勝などもあり、徐々にその名が全国に知られていった。
56年には、マラソンシューズがメルボルンオリンピックに出場する日本選手のトレーニングシューズとして正式採用される。靴内の空気を吸排気する構造を採用したマラソンシューズは、足にマメができにくいと当時の選手から絶大な支持を集めた。マラソン選手アベベ・ビキラが愛用したことでも有名。
その後、スポーツシューズにおけるトップブランドの一角にまで成長。スポーツウエアメーカーのジィティオ、ジェレンクと合併すると、77年に社名を「アシックス」に変更。社長には鬼塚が就任し、世界有数の総合スポーツ用品メーカーとなるまでに事業を拡大していった。95年に赤字転落し、代表権を返上。以後亡くなるまで会長職にあった。
2007年9月心不全で死去した。