本との出会いは人生のスパイス!村上春樹の本で世界への扉を開かれた東京・駒沢の「体験する書店」を訪ねて

2016.05.09
駒沢公園から程近い、世田谷区深沢にひっそりと佇む隠れ家的書店がある。有名なスイーツ店が立ち並び、高級住宅街としても知られるこのエリアに店を構えるのは、2012年にオープンした「SNOW SHOVELING」。

雑居ビルの2階にある入口は、まるで海外の書店へと繋がる魔法の扉。優しい光に包まる店内は都会の喧騒とはかけ離れた、非現実的な世界へと誘ってくれる。

を売るというより、空間を含めて“体験”をして欲しい」と語る店主の中村秀一さん。他の書店にはない「SNOW SHOVELING」で味わえる体験や空間作りへのこだわりとは。


■思い思いの自由な過ごし方を

店主の独断と偏見で選別された本たちは、小説、洋書、カルチャー本、アートブックなど大型書店では手に入らないような、インディペンデント系のディープなものも多い。インテリアとしても使えそうな古本や雑誌文房具なども取り扱っている。

snowshoveling


海外で買い付けたという雑貨や店主手作りのインテリアたちは、初めて見るのにどこか懐かしい、ノスタルジックな雰囲気だ。リビングのように寛げる、と言うよりもはや自宅以上にリラックスしてしまいそうな、アットホームな空間が広がる。店の片隅に置かれたサーバーから自由に(寄付制)飲めるコーヒーを片手に、読書に浸るも良し。Wifiを拾ってPCで仕事をしても、食べ物を持ち込んで食事を楽しむも、楽器を持ち込み演奏しても、とにかくなんでもOK。

本棚はジャンル分けされ、所狭しと並べられている。その中で最も存在感があるのは作家村上春樹の本を揃えた棚。「中学から高校時代、村上春樹さんの本に出会って世界が変わった」と語る中村さん。60年代の音楽を好んでいた当時、まるでタイムスリップして憧れの人物を目の当たりにしたような感覚を覚えたそうだ。店名「SNOW SHOVELING」も村上春樹著『ダンス・ダンス・ダンス』に出てくる“文化的雪かき”という言葉を拝借した。

「穴を埋める為の文章を提供しているだけのことです。何でもいいんです。字が書いてあればいいんです。でも誰かが書かなくてはならない。で、僕が書いているんです。雪かきと同じです。文化的雪かき」---『ダンス・ダンス・ダンス』より抜粋。

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ファッションに関する本もセレクトされている


■村上春樹の本で開かれた世界への扉

村上春樹の本に強く魅了された理由は「外来語が多く、知らない言葉や知識を得られることで刺激された」から。自然と興味は海外へと向き、高校卒業後は海外旅行に出ては先で本屋を訪れたという。「当時は何も目標がなくて。“自分探し”なんて無理矢理でっち上げて赴くままに旅に出ました。当初はHelloも通じないほど英語もままならなかったけれど、勇気を振り絞って外に出れば、未知との遭遇だらけだった。ゼロからのスタートでも、徐々に覚えて慣れて、経験値を上げていく過程がまるでロールプレイングゲームのようで楽しかったんです」。ビザやお金が許す限り旅を続けているうちに、やがて本屋へ行くことが旅の目的になっていった。

グラフィックデザインなどを生業に、旅に明け暮れた20代を過ぎ、将来を見始めた30代。「それまでは仕事を請け負う側だったけれど、先10年楽しくやっていけるのか分からなくなった。自己発信で何かしなければと思った時、本屋を営んでいる自分が一番イメージできたんです」。

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ちょうどその頃、六本木TSUTAYA書店ができ、世間では一大ブームとなっていた。デジタル化が進む中で“本・雑誌が売れない”と言われて久しいが、カフェサービスやトークイベントなど、独自でテーマを持ち新しい本の楽しみ方を提案する書店が生まれている。規模や趣旨は違えど、それまでの経験を踏まえて自分なりの本屋を始めることに。30代後半で異業種転職となると相当な覚悟が必要だが、持ち前の好奇心の強さと行動力で、2012年「SNOW SHOVELING」をオープン。

■“出会い系本屋”から生まれるラブストーリー

世界中の書店を知る中村さんは、サンフランシスコの「City Lights」、ロンドンの古本屋街(地価が上がり現在は無い)、パリの「shakespeare and company」など惹かれる場所は数多くあったが、最もインスピレーションを受けたのはニューヨークの書店だという。それもブルックリンの奥地にある、地元民しか知り得ないような個人経営の小さな店。気さくに語らう店主やお客を見て、その距離感や気負いのなさ、心も体も解放される自由な空気にインパクトを受け、こんな店がしたい!と想像を膨らませ具現化させた。

「僕は「SNOW SHOVELING」を “出会い系本屋”と称しています。その由縁はまず第一に、本というのは著者との出会い。次に、いつか昔、雑誌NEW YORKERで男女が出会いたい場所ナンバーワンに書店が選ばれていたのを読んだのです。キザではあるけれど、それってすごく素敵だなと思って。例えば電車の中で、自分が好きな本を向かいに座っている人が読んでいても声を掛けられないけれど、ここだったら出来る。下心もあっていいんです(笑)。「SNOW SHOVELING」では常連さん同士、自然と顔見知りになり会話を始めたり、僕もお客さんに意図的に話し掛けますよ。不確定要素がもたらすハプニングの面白さや思わぬ巡り合わせが生まれれば嬉しい。そして実際にここで人と人とが出会い繋がっていく、コミュニティを大切にしたい」と教えてくれた。実際、毎年開いているクリスマスパーティでは男女が出会い、3年連続カップルが誕生しているそう。書店から始めるラブストーリー、なんともロマンティックな物語。

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■人生にスパイスを

「知らないことが増えていく喜びは、人生のスパイス。「SNOW SHOVELING」で好奇心を駆り立てられるような出会いを見つけて欲しいですね。情報として消化されるものではなく、心に留めておきたくなるような慈しむべき物を提供できるようにしたい。とはいえ、仰々しい存在でありたいとは思いませんが」と優しく微笑む。

出会いは財産。時にそれは人であり、本を通して見える時代、国、文化、知恵と様々だ。心の琴線に触れる衝撃的な出会いもあれば、見ず知らずの人と他愛もない会話で盛り上がる、何気ない幸福との出会いもあるだろう。“何か起こるかも”と期待を胸に「SNOW SHOVELING」に足を運んでみてはいかがだろう。


SNOW SHOVELING BOOKS & GALLERY
東京都世田谷区深沢4-35-7 2F
http://snow-shoveling.jp/
ELIE INOUE
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